古くから鉄などの集散地であった吹屋。吹屋は、江戸時代から明治にかけて西日本有数の銅と紅柄で栄えた町である。明治時代には銅山も紅柄生産もピークを向かえた。現在の吹屋ふるさと村の町並みは、この頃の紅柄関係の豪商たちによって遺された文化遺産である。
吹屋地区で作られる紅柄は、「赤の中の赤」と言われ日本全国で賞賛され取引されていた。その名声は九谷焼や伊万里焼の赤色顔料として北欧をはじめ遠く海外にまでMade
In Japanブランドとして広まったと言われ、西江家をはじめ当時の紅柄関係者は巨万の富を築くことになったのである。
やがて第二次世界大戦以降の技術革新により紅柄生産においても工業化の波が押し寄せ、純度の高い人工紅柄が簡単に製造されるようになり、次第に天然紅柄は鉱山とともにその波に飲み込まれた。
しかし工業品として化学合成により生産される人工紅柄は、純度が高すぎその赤は天然紅柄の豊かさには遠く及ばない。今もさまざまな分野の芸術家をはじめ、天然紅柄の愛好者は後を絶たない。
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